日本人移民の日でしたね(6/18)という話

日本移民が神戸港から出発し、サントス港に到着したのが6月18日だったんですね

ついこの先週の木曜日、6月18日は日本移民がブラジルはサントス港に到着してから112周年という記念の日でした。

私は偶然にも90周年となる1998年、サントスに留学をしていて、自衛隊の方々や日本人会の式典に招待され、参加させていただいたことを覚えております。

あれからはや20年以上が経ちますが

初めてブラジルに行ってから20年以上が経ちましたが、相変わらずブラジルに渡航する機会を得ることができ、そしてブラジルや日系人の方々とも関わる仕事が出来ていることに、改めて幸せというか、ありがたいことだなぁ と思ったのでした。

偶然、でしょうか、ここ数年は日本からブラジルに移住し消息がつかめない方を探したり、証明書を探し出して発行し、日本へ送るという仕事も何件か受けさせていただきました。
最近のテクノロジーというのか、ネットやSNSのお陰もあって、そしてそれ以上に日本からブラジルに渡った先代の努力と苦労、そしてブラジル側のパートナーの協力もあって、なんとか親族やその子孫の方々を見つけることができているのです。

消息をたどったり、その方の証明書を探すとき、いつも思うのは、その方がブラジルに行かれてからどのような苦労や困難に直面したか、ということです。

過去のケースでは、産まれて間もない子を亡くされたり、出生や死亡の届出すらできないままに、家族や小さな兄弟とブラジルの大地に埋葬せざるを得なかったり。


戦争や移民差別で財産を没収させらりたり、不慮の事故で家族を失ったり、病に倒れたり。
異国の地でどれほどの苦労をされたか、そしてその上に、今の日伯関係が成り立っていることを、ブラジルに関わっている人は忘れてはいけないのではないか、と、常々思わされるのでした。

そんな思いで仕事をしています

というわけで
日本からブラジルに渡った方々の消息を辿る仕事も時折ご相談いただいたり、受任しております。

相続、とくに土地の相続登記の際に、相続人のなかにブラジルに移住してしまった親族がいたりするケースがあるようでして、その方の婚姻や死亡に関する証明書のお問い合わせが年に数回ですがあるのです。

これも何かの縁かと思ってしまうほどに、日本人移民に関わるとは思いもせず
そしてこの手の捜索依頼のような仕事が来ると、その方の渡伯後の苦労や困難に思いを馳せ、ついつい胸が熱くなってしまうのでした。